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カムラック創業の想い、else if 社の存在理由と存在価値

世の中から必要とされる会社にしたい。
あなたの会社だからお願いしたいと言われる会社にする。

カムラック創業前に勤めていた会社の社長(故)が言っていた言葉だ。(以後先代と書きます)

IT企業といっても会社に社員がいない派遣チックな会社。

入社して数日経たず派遣される帰属意識の無い社員達。
歳を取ったら単価が高くなり戻される使いまわしのきかない社員。
金額の削り合いで消耗戦かつピンハネピラミッドな事業構造。

まだ体力があるうちに改革が必要だった。

先代は若手選抜者の研修、中堅社員研修、企業理念の見直し、バリューの浸透。
徹底的に行った。

私も教育を受けたその中の一人だった。
私は先代と新規事業を担当した。

会社を経営する上で「今を乗り越える人員」と「未来を創造する人員」があるなら私は後者の方だ。

しかしながら先代が癌で戦線を離脱することになる。

残った経営陣は新規事業を縮小し既存事業に集中することを選んだ。

役員は私に既存事業の営業をするか会社を辞めるかの選択をさせた。
私は経営方針を変えた役員と先代が不在の会社に残ることを選ばなかった。

先代には私が辞めることは退職する数日前まで知らされてなかったらしい。
私が辞めるのを知った先代はもう数日後には辞めるのに、次の会社が決まっているのに「辞めるな! 撤回だ! 次の会社の社長の連絡先を教えろ!」と大変だった。

とても嬉しかったが次も決まっており先方に迷惑かけることもできず、また、先代不在の環境に馴染める自信もなく私は退社した。
(派遣型営業の経験がなかったことも理由にあると付け加えておきます。)

それから一年。

先代が亡くなった。

葬儀に参列した数日後、新社長から聞かされた遺言は「賀村を戻せ、数年後に経営を任せろ」だった…

実は会社を辞めてからも定期的に先代には状況報告させてもらっていた。

いろんな方と繋がり、いろんな方と仕事ができている。
先代の会社で教えてもらったことが今大変役立っていると感謝を込めて報告した時もあった。

先代は独立を勧める方だった。
社内で新規事業して成功させてどんどん独立しろと言っていた。
どんなに経営が上手だろうが一社だけでは乗り越えられない苦しい時もある。
みんなが独立して誰かが苦くなった時、みんなで助け合えるグループにしたら素晴らしいだろうと。
そんなこともあって「お前楽しそうだな、また一緒に仕事できたらいいな」なんて冗談も踏まえながら言ってもらえたこともあった。

しかし正式なオファーは亡くなった後の遺言だった。

そして数日後私はその会社に戻ることになる。

世の中から必要とされる会社にするための活動の再開。

いろいろなアイディアや事業計画を提案した。
しかしながら私も感情の方が前面に出てしまうタイプであり且つ上司や同僚、部下に対し説得できる資料も技量も持ち合わせてなかったこともありことごとく却下。
これは私の力不足が大きく影響しているのは間違いない。

任された新規事業も三年計画のはずがスタート一か月で一年計画となり二か月で半年で結果を求められるようになり…

先代が亡くなり役員も入れ替わりいろんなことが大変だったと思う。

私は却下された事業計画をもとに独立を決意する。
先代が私に託したかったことを実証するには組織の中では時間が足りないしなにより中でやるには力不足と判断したからだ。

その事業計画こそが現在のカムラックの事業構想なのである。

まずは障害者就労継続支援A型事業カムラックを設立する。

事業計画のゴールは就労継続支援A型事業所を立ち上げ軌道に乗せることではない。

データ入力などの単純なパソコンを使うお仕事ならA型単体でも十分だろうが、利用者のスキルアップにあわせて受注調整していくとなれば伴走するきちんとしたIT企業が必要だろう。

そういったIT企業があればA型では受注できない高レベル好条件の案件もそのIT企業がフロントに立つことで協業できる。

私が提唱する障害者就労支援事業所と企業との共存共栄モデルだ。

そのIT企業は本業を通じ新たな人材の創出、障害者の雇用の維持、新規雇用、所得増、税金を消費する側から納税する側に、障害をお持ちの方の新たな可能性・選択肢の創造といった社会課題の解決をしながら利益を社会に還元し持続可能な経営を続けることができる。

まさに世の中から必要とされる会社だ。

立ち上げ二年、カムラックは軌道に乗せたがそもそも伴走する会社が無い。

そう、伴走する会社は先代の会社だったからだ。
もともとは先代の会社を世の中から必要とされる会社にするために考えた事業計画だったのだから。
これでは先代の託したかったことを証明することができない…

そんな時、以前から面識のあった髙森啓二さんが声をかけてくれた。
もともとカムラックの中の業務を手伝いたいと言ってくれたのだが、私はバリバリのソフトウエア開発会社を設立してくれとお願いした。

私はカムラックの事業構想をおもいっきり髙森さんにぶつけた。
その会社があれば先代が私に託そうとした部分が正しかったと証明できる、証明させてくれと。

そして株式会社else if が誕生する。

そこから先のことはFacebookで繋がっているみなさんやブログを読んでいただいているみなさんならご存じでしょう。


今ではelse if とカムラックの売上規模は先代の会社を上回っている。

しかしながら先代の会社も生き残っている。
彼らは彼らなりに工夫を凝らし、社会に貢献している。
もっといえばカムラックグループと協業もしている。

私以外にも先代の会社から独立して活躍している方達がいる。
その方達とも協業している。

みんな独立して助け合え…
先代の残した言葉が実現になりつつある。

先日一般社団法人笹川経済支援機構の代表、笹川能考さんとお話しする機会があった。
そのなかで私の原動力、ここまで来た力の源はなにかと問われた際に話した内容が今日のこの投稿である。
ほとんど話すことのない内容だったが見事に引き出されてしまった。

障害者就労支援事業にかかわることになった背景が先代の託した思いを実現し世に証明することという大変私的な感情だったことに肩透かしされた方もいらっしゃるかと思います。

これが事実です。

しかし今は違います。

先代には大変失礼ですがそんなことはもうどうでもよくなっています。

今のステージはこの事業を広めていこうとしています。

全国の仲間を必要としています。

私レベルの人間ができたのですから全国の優秀な経営者がやればあっという間に世の中変わると信じています。
そう思うとワクワクしてきます。

あわせて世の中から法定雇用率を本気で無くそうと思っています。
法律が必要なくても実現できる共存社会にしたいと思っています。

やれると思います。

先代はそこまで考えて託してくれたのかもしれませんね。

髙森さんをはじめとする私の周りにいてくれる多くの有志のみなさん、創業時の想いを引き出してくれた笹川さん、社員、社員のご家族、そして天国の先代、全てに感謝。

最後にカムラック3周年記念に集まっていただいた約300名のみなさまとの写真を添えて。

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