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ひとりで居ても淋しくない男であれ 〜「笹川流」笹川能孝さん 〜

先日ある会にて笹川能孝さんと貴重な時間を共有させていただくことができました。
あの佇まいといいますか雰囲気、空気感はさすが笹川良一さんを大伯父にもたれ「笹川」を受け継いでいるんだなぁと体感。
 
著書「笹川流」の冒頭に笹川さんの本業はなんですか? という質問がある。
人間『笹川能孝』をやっていますと答えている。
まさに!!! でした。
 
笹川さんとはここ数年何度かお会いしたことがあり、会うたびに刺激をいただいてます。
カムラックグループ北九州進出は昨年笹川さんの講演を聞いた時に条件反射的に「行かなきゃ!」と思ったとこからです。
 
昨日の講演ではなんとカムラックと言いますか私の話題を出してくれました!!
聞いていてビックリしましたがとても嬉しかったです(^^)
 
 
(笹川流より抜粋)
笹川良一、すなわち、巨万の富を握る競艇界のボス、戦後最大のフィクサー、右翼のドン、A級戦犯、ファシスト・・・。
死後二十年以上を経た今になっても、世間が彼を語る言葉には物々しい毒がある。
多くの日本人が良一にある種の「悪」を感じ続ける一方で、日本全国どこに行ってもかけられるのが、「良一会長には大変お世話になりました」という言葉だ。
驚かされるのは、そのどれもが通り一遍の社交辞令ではなく、「どれほど自分が救われたか」「今でも、どれほど感謝しているか」という熱を帯びた言葉に繋がっていくことだ。
「右翼のドン」と呼ばれていたが、窮地に追い込まれた左翼の人間に資金援助をしたり、ハンセン病患者の救済に奔走したり、貧しい子供達のために学校を建てたり、という、良一の善業としてよく語られることの他にも、地球上のありとあらゆるところで、ありとあらゆる人々を助けていたようだ。
 
 
また、著書「笹川流」の帯にはこのようなことが書かれていた。
 
交流の場で仕事の話しかできないのは三流。
二十代、私は親よりも年齢が上の、財政界の怪物たちとともに時を過ごした。
それぞれに素晴らしい経歴と実績を誇っていながら、彼らが自分の会社や事業について話す姿をついに見ないままだった。
現在、たまに経営者の会合に顔を出すと、どの人も自分の会社、事業の話しかしない。
事業内容なら、名刺を見れば、大抵の察しはつく。
交流の場に来たのなら、仕事以外の話題で自分を表現すべきだ。
「また会いたい」「一緒に仕事がしたい」と思われる最大の要因は事業内容よりも、その人そのものの魅力なのだから。
 
 
笹川家の教え、その生き様をしっかりと引き継いでいる笹川能孝さん。
子供の頃、テレビでよく見た「一日一善!」と大声で言ういうおじいちゃんの記憶が蘇る。
 
笹川さん、ありがとうございました!
 
写真:笹川能孝さんと
 
 
 
写真:頂戴したサイン。まさに経営者は孤独。私を見透かしたかのように書いてくれた言葉。
 
 

 

 


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